おがわたくじ

小川琢治の絵本が出版される.
毎日新聞9/20
地学の研究者が絵本の題材になることは少ないので,紹介記事を書くことにする.この本の書評は,和歌山大の島津さんが「和歌山地理」に寄稿されているようだ.

 地質調査所,京都大学で地質学,地理学の研究をおこなった小川琢治の一生を題材にした絵本が,和歌山県の民話やゆかりのある人物に関する絵本を出版している「わかやま絵本の会」から発行された.小川は,1870(明治3)年に和歌山の田辺で生まれ,東京帝国大学に入学して地質学を学び,1897(明治30)年農商務省地質調査所に入所,おもに四国地方や,中国,台湾などの地質調査を行った.その後,1908年に京都帝国大学の教授となっている.この本では,44ページという限られたページ数の中で,小川が苦労しながら日本各地の地質調査をし地質図を作っていったことなどが描かれている.地質調査という活動が,一般向けの本の中で語られることは少ない.現地の踏査は,地球を理解する上での基本的な調査手法であり,それはどの時代でも変わらない.明治・大正期に活躍した研究者の活動を通して,そういった地質調査の方法が示されるということは,大変すばらしいことであると思う.また,戦争中の中国での撫順炭田での調査についてのエピソードも描かれている.資源探査という目的を持って地質調査が行われていた歴史を,読者は改めて認識するだろう.
 これまで,子供向けの伝記などに描かれてきた研究者の姿というのは,世紀の大発見をしたり,波瀾万丈の人生を送ったりと,ある意味で特殊なものであった.しかし,多くの科学者は,誠実に事実を記載し,研究成果を積み上げてきたのである.先人の辿った道のりを追うことによって,科学に対する理解が深まることは多い.小川のような科学者の姿が絵本で描かれる価値は大きい.
 小川は濃尾地震を目の当たりにし地球科学の道に進んでいくのだが,この本では,そのことに関連づけて,地震の発生機構やプレートテクトニクスのことについて解説がなされている.本の主題が,地質調査をした小川の人間像を描く事であれば,この部分は蛇足であろう.実際,小川は地震の発生機構には強い関心を持っていた.小川が体験した関東地震などの描写とともに地震に関しての研究活動についての記述があれば良かったのではないかと思う.また「地質地図」という用語が使われているが,普通に「地質図」という方が良いだろう.巻末の年表で,1908年に「京都帝国大学に新設した地質学の教授になり」とあるが,これは「地理学」の誤りである.1921年に新設される地質学講座の教授に転任するまでは,史学地理学講座の教授であった.小川の研究は,地質学の分野にとどまらず,38歳からの14年間は京都帝国大学で地理学の研究を行っており,人文地理学に関しても多くの成果を残している.
 「わかやま絵本の会」では,この本のほか,華岡青州や浜口梧陵,南方熊楠の絵本も出している.これらの本は,通常の書店では取り扱っていない.申込み方法などはhttp://www8.plala.or.jp/p-yume/waka-ehon/index.htmに記されている.

矢島道子さんがGUPIのサイトで,本書を評されている