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ジオパークは地理学的か

JpGUでジオパークのセッションを,産総研の渡辺さん,茨城大の天野さん,学芸大の小泉さんとの共同コンビーナとして行う.私の仕事は,午前中の司会.午前中は研究者あるいは地元民でなかった専門家がどのように各地域のジオパークに関わることができるのかということを4名の方に発表して頂いた.
午後は,昨年度世界ジオパークに加盟した3地域と今年世界ジオパークネットワーク日本ジオパークネットワークに参加希望の4地域の公開プレゼンテーション.興味深かったのは,糸魚川が昨年,世界ジオパークネットワークの審査を受けた際に指摘された「保護」に関する内容についての発表である.ミュージアムショップでは,海外産のきれいな岩石標本を販売していることが多いが,それらの「地質物産」は産地の鉱山の自然環境を破壊するものだとして,世界ジオパークになるのであれば,販売してはいけないというもの.最近,フェアトレードの議論が様々なものに対して行われているが,「地質」のフェアトレードというものについてもまじめに考えなければいけないだろう.標本の販売は地学教育に貢献しているというような意見もあるが,それよりも,安価な標本を購入することにより発生する問題の方が,大きいという判断である.海外産のきれいな標本を買わなくても,自らが河原や海岸でひろった石の方でも十分に地球科学的な価値を持つものであり,それを大事にすることの方が,ジオパークのコンセプトに合致するだろう.鉱山についても指摘されていて,鉱山会社はジオパークの実施機関には入れないとのこと.日本の地質学教育は,資源地質学的な蓄積とそれに関連した業界の発展とともに行われてきたので,鉱山開発に肯定的である.しかし,鉱山周辺の地域住民にとっては,その仕事と関係ない生活をしていれば,鉱山が削られていく様は,快適な環境に囲まれて暮らす権利を侵害されていることになる.景観はだれのものかという問題をはらんでいると思う.ジオパークをどのようにつくっていくのかという問題である.
気になったのは,白滝黒曜石遺跡ジオパークのプレゼンテーションの中で,氷期に北海道に渡ってきていた人のことを,我々の先祖と表現していたことである.このジオパークの中で,先住民族アイヌはどのように位置付けられているのだろうか.先住民族の自然観,世界観をこのジオパークはどのように伝えていくのだろうか.10分の短い時間であったので,発表のなかでは触れられていなかったが,大変気になる点である.小野(2006)*1などは,フォローしておくべき論文だろう.
各地域の発表では,こういった「地質」ですという話から始まる.そういった意味では,「ジオ」はジオロジー,地質学だという認識であると思われるが,それが,地球の中でどのような場所にあり,そこにどのような地形,植物があり,さらにどのような人々の生活が行われているのかというつながりを説明しようとしているように感じた.これは,必ずしもどこの場所もうまくいっているわけではなく,日本ジオパーク委員会の審査委員からもその説明の不備さを指摘されているところがいくつかあった.このつながりの説明を求めていたのは,地理学者の審査員だけでなく,他の分野の審査員もである.「ストーリー性」という言葉で語られていたものは,「地理学性」だと思う.プレゼンテーションをしていた人たちも,審査員も,ジオパークにはストーリー性,すなわち地理学的な地域の説明が必要だという考えを共有しているのだと思う.それぞれの見学スポットとなる,ジオサイトはこれまで観光資源とならなかった地質学的な露頭などが指定されることが多い.さらに,そこにある文化,民俗学的資源もジオサイトとして指定している.これをうまくつなげることが出来ていないのは,地理学的な考察が未熟だからである.どのように地域を記述していくのかということを考えるために,地理学者の貢献できることは多いだろう.そういったことができないのであれば,ジオパークの見学は,従来の自然観察会の範疇をでないものになってしまうだろう.

*1:小野有五2006.シレトコ世界自然遺産へのアイヌ民族の参画と研究者の役割−先住民族ガヴァナンスからみた世界遺産−.環境社会学研究12,41-56