講演要旨

サイエンスコミュニケーションと地理教育

 人類の英知を生むものとして,科学は生まれ,現在に至っている.そして,現在では,日本においては「第三期科学技術基本計画」に明示されているように,国力の源泉を創るものとして,世界中で,国家が科学を支援している.現代社会は,高度な科学技術によって支えられており,科学者の判断が国家の将来をも左右するためである.このような現代社会において,科学者は自らの興味関心に対してのみ研究を進めることは,正しいことなのであろうか.これまでに科学者は何度も過ちを犯してきた.それは,公害問題であり,食の安全性を巡る問題であり,エネルギー問題であり,医療の問題である.市民が,科学者の活動を盲目的に支持し援助するということは,既にあり得ない状況である.しかし,科学者はそのような状況に気付いていないことが多い.最近サイエンスコミュニケーションの必要性が,様々な立場の人によって主張されているのは,このような背景によると思われる.
 科学者は,これまで研究で得られた情報のほとんどを,学術論文という形で公表してきた.ピアレビューなどの品質を保証するシステムは確立しているものの,論文というのは,科学者から科学者に対しての情報発信の形態である.一方,非専門家に対しての情報発信とそのフィードバックというシステムは,確立されているとはいえない.しかし,非専門家である市民は,科学のエンドユーザーでありパトロンである.その市民に対しての情報発信システムが貧弱であるという事実は,少なくともこれまで科学者が,市民に対しての情報発信に対してあまり努力を払ってこなかったことの証左であろう.市民が科学の成果を理解し,科学者コミュニティーに対してフィードバックするシステムが構築されている社会こそが,サイエンスコミュニケーションが成立している健全な社会であると筆者は考える.
 地理学においては,これまで,地理教育というシステムを通じて地理学の研究成果を社会に発信してきた.効果的な情報伝達システムであるが,地理学がこのシステムに依存している限り,社会が地理学に求めるものが何であるのかを知ることは難しいであろう.