里山の環境学

谷津田の谷底に立つと,周囲を囲まれた感じの景観が広がる. この感じを囲繞感というらしい. 里山では,見通しがきくが,囲繞感がある景観が人々を安らぎをあたえる. 丘陵地では,明るい林床と雑木の林冠が,谷津田では,谷底の水田・水路と谷壁斜面の低高木の組み合わせが. この本では,里山をフィールドをする保全生態学者,地域生態学者が,各地での実践や研究結果を分担して著している. 北川淑子による,近年放置されつつある都市近郊の谷津田での取り組みの報告が興味深い. 地元農家,元農家が組合を作り,市の委託を受け,谷津田の整備をするというものである. この試みは現在のところ成功し,かつての谷津田の景観が取り戻され,動植物相の多様性が見られるようになった. しかし,私には,本来生活の営みとしての農業が中心となって構築されてきた谷津田というシステムが,生産の場としての機能が十分果たされずに整備されることに戸惑いを感じる. 倉本・麻生は,雑木林の下草狩りをボランティアで10年間続けてきた実践例がレポートされている. そこから感じられるのは,余暇として管理される雑木林と,生活の基盤としての雑木林の本質的な意味の差である.
都市において,農家が里山を生活基盤として農業を行うことは,現在の税のシステムでは,困難なことが多い. そのような状況の中で,里山の多くは放置され,手放され,蚕食的に開発されてきた. そのような状況に対して,この本で示されているような,里山の環境保全が各地で行われていることと,6章で論じられているような保全のための戦略を,知るためには現在の状況を俯瞰するためには良い本であろう. 
今後,本のタイトルにあるような里山の環境学を体系化していくためには,各地の谷津田,丘陵地がどのような自然環境(地形,地質,水文環境)にあるかということを,より詳細に検討していく必要があるだろう. たとえば,谷津田が見られるような,谷地形の形成過程はすべて同じではなく,海進・海退の影響を受けている場所と,そうでない場所ではことなる. また,丘陵地を構成する地質もかつてそこを流れた川の性質によっても異なる. このことは,谷の地形が場所ごとによってことなり,それに伴って,農業の重要な要素である水の流動システムも異なることが予想される. 現在のような大型の重機など使えない時代から,作られてきた谷津田では,このような個別の自然環境の違いが,土地利用などさまざまな形で,具象化している. その関係を明らかにするためには,個別の谷津田におけるさまざまな環境を詳しく調べていく必要があるであろう. 

里山の環境学

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